今日も脈絡のない言葉たち

ただただ思ったことを綴っています。

今日も脈絡のない言葉たち

”慣れ”はこわい

仕事にて”慣れ”って怖いなと

自身を振返るきっかけになったので書いておく。

部下に仕事を投げることに慣れるのはよくない。
内容を理解し任せるのは大切な事だが、会社の7割がたの売り上げを占める商品の内容や売り方など、今年一年会社がどう向いていくかを全て丸投げされてびっくり。片手で足りる従業員で、それを理解しているのが1人というのはだめだろ。上司2人…工場とのやりとりの資料の控えはいらないというし、商品のカタログなどについても「わからないから任せるから」の一言で報告も聞かない、私が長期で休む期間に関しては「どうする気?」とよくわからない大きな言葉を投げてきた。
できる限りのことを自分の思うようするために、任せてもらえるよう仕向けたのは私だが、こんなに完全に投げてて大丈夫なのだろうか?
私はただの平社員で手や足ではあるが替えが聞くものでなければいけない。私が居なくなり外注に依頼するにしても「どうしたいか」という方向は経営者が決めないといけないんだ。私が明日いなくなったらどうすんでしょうか?そんなこと全く考えていないんだな、ということがわかる会話に恐怖を感じた。
まぁだいたいこういう場合は「いないもんはしゃーないやん」と外に無茶ぶりしながら乗り切っていくのだろうなと予想されるが、お世話になっている下請けさんが困ることを考えるとちょっと申し訳ない気持ちになる(これもしゃーない事なのだが)。

 

人のふり見て我がふり・・・と言うので最近の自分も振り返ってみた。

 

自分として、とくに問題だなと思ったこと

 

息子に対して怒りレベルが上がりすぎ

息子への怒ってしまう原因は自分の余裕のなさが起こしている場合が多いと感じるのだけれど、怒って➡気付いて➡冷静になって➡謝ってという流れを繰り返すのならば”そもそも怒らない”を身につけなければいけない。

イヤイヤ期や自我が強くなったことによって、親子間の反発が多く発生している今、褒めるはできるのに、反発が起こった際の”共感”や”理解”が中々できない。叱った後、息子と別れて一人の時間に反省し『叱ってはだめ』と世間で言われる記事を見ながら、いつも思うのは「では、共感や理解、説得をした結果何も変わらなかったら?」という、その後を書くものは見当たらない(私が探すの下手なのかしら?)。時間に追われ、ストレスが溜まり、我を失い強く叱ってしまっている母親には『叱ってはだめ』の先が欲しいなと考えていた(なんて他人任せ)。まぁ個別に”歯みがき”とか”着替え”とか”食事落ち着かない”とか”遊びやめない”とか調べれば出てくるのだが、そんなに毎度調べるの?「いやいやそれはしてらんねぇ。」(めんどくさがりなだけね)

結局のところ、イヤイヤに私が慣れていき、怒ってしまう限界値をあげるのが近道の気がする。現在はレベル3で言えばいい内容をすぐに5~7にいってる感じ。マズイ。注意やお願いをする頻度が上がったことにより、全てが倍になってきている。

頑張れ自分。
慣れるのは怒るほうじゃない。

 

息子と共に寝落ちしすぎ

眠くて眠くてたまらない。息子と共に寝落ちしてしまうので、相方と一緒にいる時間が全くない。「おかえり」「おはよう」「いってらっしゃい」くらいしかない。夕飯も米は炊けてて、おかずは”できてる~途中”でも、そこそこ料理ができるし、食事に多くを求めないなので安心しきって任せてしまっている。朝起きると、部屋は中途半端に荒れていて、流しには相方の夕飯の食器がある。通常より3時間も多く寝れて幸せ。だが朝から片付いていない部屋と流しはゲンナリする。早く起きるという手を使えば片付けの問題は改善されるが、一緒に住んでるのに一緒の時間が寝てる時だけは嫌だ。息子の話とか何でもいいから。たわいのない会話ってやつをしながら、時間を共有したい。

布団の魔力に負けてはいけない。
勝手に食事をとってくれること慣れ過ぎてはいけない。

 

書いてみて、私の”慣れ”(悩み)かわいいもんかな?とか思ったが、かわいいもんのうちに改善しとかないとゆくゆくは大きい悩みになるんだよね。

 

うん。うん。

うん。うん。うん。